宗教に関する問題が管理者によって存在する


宗教に関する問題が管理者によって存在するブログ:14年06月17日


生まれたばかりのムスコを抱いたとき、
俺はもろくて壊れそうだと感じました。

これまで出会った何者にも似ていない赤ん坊は
ただ弱々しく震えるばかりで、
俺はかたまってしまいました。
人の命をこれほど間近に感じたのは初めてでした。

無事に育ってくれるかどうか不安でたまりませんでした。
今1歳になったムスコは連日笑顔を見せてくれます。

俺は、ときどき実家に帰ってパパに会います。
月並みですが、老けたなぁと感じます。

子どものときから、
パパとはあまりいい関係を築いてきたとは言えません。

いまパパを見て、不器用な人だなと思います。
摩擦も多かったことでしょう。

でも、ときどき、
パパの中に自分の姿を見ることがあります。

ムスコも、
どこかで俺に似るのかもしれません。

勝手に学校や仕事を辞めてしまうかもしれないし、
知らないうちに家族を作っているかもしれません。
そうなったら多少苦労するだろうな…とは思います。

ただ、何があっても
戻れる場所を作っておこうとも思います。

まだムスコがこの世に存在する前に、
もし障害を持って生まれてきたら…ということを考えました。
もしかするとパパもまた、
同じことを考えていたのかもしれませんね。

連日の生活は
確かに子ども中心になっています。
嫁との会話もほとんどが子どもがらみの話です。

人の子は
こんなにも愛情を必要とするものだったのですね。

今もまたうでの中で眠ってしまった我が子が、
そんなことを忘れて自立した後でも、
父母の方にはいつまでも記憶が残るものでしょう。

今はまだ父母の指を握るのが精一杯のその手のなかに、
そのまた子どもを抱える日が来るのでしょうか…